天国と地獄と少女達

こんばんは。イビサです。

今日は、旅人から聞いた話をしようと思う。

タイトル「天国と地獄と少女達」



そこには大きな釜があり、うどんがあった。

誰もが巨大で細い箸を持っていた。

すくおうとしても、一本すくうのがやっとだ。



では、何が起きたか?



争いが起き、奪い合いになった。



それを見て通行人「地獄のようだ」と思った。



通行人は場所を変えた。



すると今度は、誰もが箸を使って、互いに食べさせあっている場所に来た。



それを見た時、通行人「天国のようだ」と思った。



この話を聞いた旅人は

「私も地獄のようではなく、天国のようにありたい」と思った。








……なんて、馬鹿な結論だ。



というわけで、旅人を改心させるために、続きを作る。



通行人に「地獄のようだ」と思われたその場所は、もともと釜も箸もなかった。

人だけがいた。

うどんも、窯も、人によって作られたものだ。

いろんな人が犠牲になって、うどん開発されたのだ。

その歴史には、殺し合い騙し合いがたくさんあった。


天国は、地獄のような人々犠牲の上に成り立っているのだ。



さて、ここからが本題だ、天国には二人の少女がいる。

一人は可愛くて、天国でもちやほやされて、自分のために箸を使ってうどんを食べさせてくれる人がたくさんいる。

なんならかわいい子は既におなかいっぱいで、もう食べられない。

自分は何もしていないにもかかわらず、他の人に食べて欲しいとすら思っている。



もう1人は、箸を持っていない。

でも、持っているふりをしているので仲間外れにされずに済んでいる。
仲間外れにならずに天国に住んでいる。

だから、食べさせてもらえるときがあれば、まだいいほうだ。
食べさせてもらえないときは、どんなにお腹を空かせていても、たべられない。

そして、2人は友達だ。

かわいい子は、友達が辛い思いをしていることを知っているので、毎日死にたいと考えている。

可愛い子――僕は、その子に、自分が死んででも自分の持っている箸を渡してやりたいと思った。

自分が箸を持っていないことにも気づかないまま、僕は――かわいい子は、死のうとした。

しかし、箸を持たない友人は、その申し出を断った。

そして、自ら地獄へと足を運ぶことを望んだ。

箸を持っていないために天国では仲間外れの友人ちゃんも、地獄でなら、奪い合いでならば、うどんが食べれる

だから、地獄へと進みたいのだそうだ。

私は――可愛い子は、その子の頑張る姿を見て、彼女がそこまで頑張っているのなら、生きよう、と誓った。

おしまい。



さて問題です。

あなたは閻魔大王です。

天国に住む少女二人のうち、地獄へ落ちるべきどちらだと思いますか?



可愛い子?

箸を持っていない友達?
















私は、どちらも地獄へ落ちるべきだと思います。




だって、かわいい子も、二人とも、箸を持っていないのだから。

もそも、天国へ上る資格がないんですよ。


でもね。

いずれ箸を持っていない人のために、ロボットが開発されたらいいなあって思ったりするんですよ。

いずれ箸を持たなくても、自由にうどんが食べれたらいいなあって思うんですよ。


生きるってそういうことじゃないですか?


天国とか地獄とか助け合いとか。



そんな価値観にとらわれていては、結局目の前の人、一人も救えなくなっちゃう。



ぼくは、目の前の友人一人助けられれば、それがやがて2人、3人、10人、100人。

やがて、色んな人が助け合って生きることが可能になる。


それこそ、本当の天国。



そういう風に思うんだけど、みんなはどう思うかな?



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